以前,経営していた珈琲店にご来店された外国人の方が着ていたTシャツにデカく「粋」という漢字がプリントされていたのをみてふと思ったのですが,なぜ「粋」と書いて「いき」と読むのでしょうか?
九鬼周造著【「いき」の構造】に関して詳細を掲載しているサイト( http://www.aozora.gr.jp/cards/000065/files/393_1765.html )
によると,「いき」には
1.媚態 2.意気地 3.諦め
の三つが内包されていて,この三つをまとめて「いき」を定義すると
「垢抜して(諦),張のある(意気地),色っぽさ(媚態)」
ということになります。
このうち,「意気地」というのは「他人と張り合ってでも自分の思う事をやりとげる」という江戸っ子特有の美意識に含有される概念であり,「諦め(執着を離脱した無関心)」というのは「色町や芝居等の世界に精通し風流を好む,垢抜けて浮世離れした」上方(関西)の美意識に通じるもの。。
つまり,『粋(すい)=上方の垢抜けした色っぽさ』と『意気(いき)=江戸の張りのある色っぽさ』を兼ね備えたものが『粋(いき)』っていうことなんですね。
なんとなく納得です!
最後にくだらない小話をひとつ
「粋」という漢字を作っている「米」と「卒」の字ってのは「八十八」と「九十」ですよね。つまり,間の「八十九」(ハク)が抜けてるわけで。。
ちなみに,「箔」ってのは「金箔とか銀箔」とかの「金属を薄く打ち延ばしたもの」のことで,「箔をつける」とは,「外面的な飾りをつけることで価値を加えること」。
要するに,「箔をつけない」=「価値を加えるために外面を着飾ったりしない」ことが本当の「粋」ってことなんでしょうね。
お後がよろしいようで。。